きおくのかけら

オールドレンズ「Ai Nikkor 50mm f/1.2s」と一緒に記憶を旅するブログです

あの日に戻って渡したい花束

 

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親戚が鶴岡市で花屋を営んでいることもあり、我が家には季節の節目節目で花が届く。
この写真の花かごもお正月に届いたもので、寒い季節のせいか立春を過ぎてもまだきれいに咲いてくれている。寒いことも悪いことばかりでは無いな、と思ったりする。

花束、と言うと些細な出来事なのだけども、今でも忘れられないでいる事が私にはある。

もう27年も前になるが、当時5歳の私の娘はピアノを習っていた。
妻の希望で市内の某ピアノ教室に通っていたが、そこのピアノ教室は年に1度、市内の文化センターの大ホールを借り切っての生徒の発表会があった。
発表する生徒は幼年から中高生まで80名ほどで、とても豪華な生花が生けられた大きなステージ中央のグランドピアノで演奏する本格的なものであった。
幼年の部の発表は、会の前半に組まれており、我が娘の出番は確かその5~6番目だったと思う。発表会が始まったばかりの緊張感が会場にはあり、初めての発表会を経験する幼い娘には少し荷が重すぎるような気がした。
演奏を終えた生徒たちは、椅子から立ってピアノの傍らできちんとお辞儀をする。すると、その子の両親や兄弟や祖父母たちがすかさずステージ下にかけより花束を渡すのが恒例のようであった。

いよいよ、娘の演奏である。
たかが幼児のピアノ演奏だ、と思ってもそこは自分の子供のことである、心臓が高鳴り手が震えた。間違わないで無事終わってくれ、とそれだけを願う。
たどたどしい演奏もとりあえずミス無く無事終了した。
そして、椅子から立ってきちんとお辞儀をした。
その時、
「しまった。」と思った。
なんと、私も妻も娘にあげる花束を用意していなかったのである。

娘はきちんとお辞儀をした後、もらえるはずの花束を待っているように暫しその場に佇み、チラリチラリと周囲を窺っている。そして、やがて諦めたように舞台袖にとぼとぼと歩いて退場した。
心が痛かった。
発表終了後、そのことを娘に詫びたがそこは幼児のこと、特に何とも思っていない様子。
ほっとした。

月日は流れ、今はもう一児の母となった娘にその失敗談を聞いてみると、案の定まったく憶えていないと言う。そして妻は、記憶はしているがそんなこともあったわね、程度だ。あの時も大事にならなかった事であり、つまりはその程度の出来事なのだ。

しかし、何故か私はその些細な出来事をいつまでも忘れられない。
あの時、それほどの大事でもなく、心に深く刻んだ憶えもないのに、よくその場面の夢を見るのだ。

あの日ステージ上でもらえるはずの花束を、自分だけもらえない事に戸惑っている娘の姿。
少しだけ不思議そうに小首を傾げ、そして諦めたようにとぼとぼと寂しそうに袖に消えた娘の姿。
その姿は、忘れたと思っていてもある日突然に私の目の前に現れる。
そしてその寂しそうな姿は、何故か時が経てば経つほど私の心を切なくさせるのだ。

子は、日に日に大きくなってゆく。
親は、子の成長の過程で起きた些細な出来事までを無意識にたくさん心に刻むのだろう。そしてそれらは決して無くなったりはせず、記憶の欠片のように心の中を彷徨い、やがて子が大きくなり巣立っても、親はそんな切なく温かい思い出たちと共に生きて行くのだろう。
5歳の娘、10歳の時の娘、17歳の想い出、それぞれがそれぞれに今も私の心の中で生きているのだ。

あの日、渡せなかった花束。
それは、子が忘れ去ろうとも、誰が憶えていなくても、今も私の心の中を彷徨っている。

その後、毎年同じ時期に発表会があり、ステージ上の娘に忘れずに花束を渡し、娘も笑顔で受け取ったはずであるが、何故かその場面は全く憶えていないのである。

 



 

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この写真は Ai Nikkor 135mm f/2S で撮影
昔、ニッコールレンズで一番ボケがきれいなレンズ、と言われたレンズです



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この写真も Ai Nikkor 135mm f/2S で撮影






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あの日、がんばった娘に渡してあげたい・・・。





 




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